幼稚園の裏に作業が中断したままの大きな工事現場がありました。
立入禁止でしたが子供たちには格好の遊び場で、大人の目を盗んでは忍び込んでいました。
ある日、落としたヘアピンを探すため、わたしは人で工事現場へ戻ってきました。
お気に入りのヘアピンだったので必死に探していると、いつの間にか誰かが近づいていて声をかけられました。
やばい、怒られると思ったわたしは、その場で固まってしまいました。
しかしおじさんはやさしく声をかけてきました。
「お嬢ちゃん、どうしたの」
おじさんの柔和な顔にホッとしたわたしは素直に事情を説明しました。
するとおじさんが一緒に探してくれることになり、ほどなくヘアピンは見つかりました。
探しながら色々会話をしている内にすっかり打ち解けたわたしたち。
おじさんに、現場事務所プレハブで休んでいくかと言われ、何の警戒もせずわたしは頷きました。
ジュースもお菓子も食べていいよ、と言われ、ラッキーと思いました。
パイプ椅子に腰掛け、脚をぶらぶらさせながらジュースを飲んでいると、スカート汚れに気付きました。
お母さんに怒られると思い必死にこすっていると、おじさんが濡れタオルを持ってきてくれました。
泥は取れましたが大きなシミが残ってしまい、ショックを隠しきれないわたし。
おじさんは「流しで洗ってあげよう。脱いでごらん」と言いました。
その時のわたしは藁にもすがる思いで、おじさんにスカートを託しました。
数分後、見事に泥シミは落ち、スカートが乾くまでもう少し事務所にいることになりました。
わたしが会話をはっきり記憶しているのはここまでです。
その後、どういう経緯があったのかはわかりませんが、おじさんはパンツの上からわたしの割れ目を触っていました。
隣のパイプ椅子に座り、何か喋りながら割れ目をこすっていました。
円を描くようにこねられたりもしました。
わたしは物心がついた頃からオナニーをしていたので股間を刺激すると気持ち良いと知っていたのでされるがままになっていました。
そのうちパンツを脱がされ、椅子の上で字開脚をさせられ、おじさんはわたしの前に移動しました。
おじさんは両手でアソコを広げたり、クリトリスを弾いたりこねたりしていました。
多分わたしは嫌がる素振りはほとんど見せなかったのだと思います。
記憶にも、嫌悪感より快感の方が強く残っているので。
しばらく弄られたあと、椅子から机の上に移動させられました。
机の上に寝かされて、脚を字に開かされ、おじさんの顔が股間に入ってきました。
声に出して言ったかどうかは覚えていないのですか、そこは汚いよと、とても恥ずかしくなりました。
でも、生暖かくて軟らかい何かに撫でられて、あまりの気持ち良さに恥ずかしさは飛んでしまいました。
その時はクンニなんて知らなかったので、何が起こっているのか全くわかりませんでした。
ただただ気持ち良くて、ずっと続けば良いなぁ…なんて思った気がします。
今思えば、おじさんは上手だったのかもしれません。
それに、何かを挿入することもしなかったのだと思います。
痛みはほとんどありませんでしたから。
おじさんは、指や舌を、上下左右に動かしたり、円を描くようにこねたりしていました。
幼いわたしは快感に素直というか貪欲で、今では考えられませんが、その時は自ら腰を動かしていました。
おじさんの動きが速くなったり遅くなったりするのに連動するように、わたしの腰もくねくね動きました。
おじさんの手は、時々わたしの体も撫でていました。
まだ乳首に性感はありませんでしたが、脇や胸、お尻や太ももをやさしく愛撫されると、子供ながらに感じました。
おじさんの手はやさしく、身体中をはい回りました。
その後も、とにかくおじさんはアソコを舐め続けて、わたしは腰をくねらせ続けました。
何度も押し寄せる快感の波に、おしっこの時の感覚に少し似た、何とも言えない体の震えが込み上げてきました。
きっと小さな絶頂に何度も達していたのだと思います。
腰をくねらせていると時折、無毛の恥丘におじさんの髭がジョリっと当たって、不思議な気持ちよさがあった記憶が残っています。
しかしこの時の記憶は断片的で、どうしてこうなって、どうやって帰ったのか、いまだに思い出せません。
ジュースを飲むまでは順序立てて記憶があるのに、その後は途切れ途切れで、わたしはいつの間にか帰宅していました。
大人から悪戯されることは何度もありましたが、ほとんどが断片的な記憶しか残っていません。
なぜ何度も襲われたのか、なぜ前後の記憶がないのか、いまだに謎です。