5年前、アメリカ留学中の話です。夏休みに入ってすぐ大学のゼミの友達を彼女の実家があるサクラメントまで送った帰り、慣れない土地の事、私は道に迷って人気のない山道で一人途方に暮れていました。

時刻は既に午後6時を回っていて、このままここで一夜を明かすことになるのかとうろたえていましたが、すぐにモーテルの看板を見つけて私は安心し、そこに行きました。

駐車場にはぜんぜん車が止まってない、流行らない、人気のないモーテルで受付の人が貸してくれたのは離れの、敷地の奥にあってモーテルの門からは見えない部屋でした。

周りを山と森で囲まれていて怖かったので2階の部屋を貸し てくれないかと訴えましたが、彼はそっけなく満室だ、と断ったので私は仕方なく鍵を受け取ってその部屋に行きました。

バスタブつきの風呂、洗面台、トイレを独占できるのは勿論の事、多分、他の部屋よりも広く感じられました。
ただ部屋の窓という窓のガラスが二枚構造になっていたのが不思議でした。
その時は、何でわざわざ防音目的の窓にしてあるのかあまり深くは考えませんでした。
何しろ、長時間の運転でひどく疲れていたのです。

なにぶん離れでの事、窓のすぐ外は塀と森だったので不気味で少し怖かったのでさっさと寝てしまう事に決めました。
明日朝一でここを出よう、と取り敢えず入浴は済ませましたが、何も食べずにベッドに入りました。

でも…夜中過ぎ、唐突に体を揺さぶられて起こされると、月明かりで私の周りを8人の黒人男性達が酷薄な笑いを浮かべて取り囲んでいるのが判りました。
咄嗟に私は彼らがこれから何をしようとしているのかを悟り、逃げ出そうとしましたが勿論阻まれ、ベッドに押さえつけられました。

「やめて、誰か助けて!」
私は泣き出し、精一杯の大声で助けを呼びましたが、彼らの1人が笑いながら言いました。
「防音室の中で叫んで、10km先に住んでいる人間に聞こえると思うのか?」
すぐに私はこの部屋は泊まった人間を犯すために用意された部屋なのだと悟り、それでも叫び暴れ続けました。

「止めて、やめて!!」
私の抵抗空しく服は脱がされ…いえ、剥かれて全裸にされ、ベッドの上に大股を開いた状態でロープで固定されました。
そして彼らは私と同じように全裸になり、否応なしに彼らの、人間とは思えない大きさのペニスが月明かりに浮かびました。

私は全身の汗腺を一気に全開にして懇願しました。
「お願い止めて!!!私、処女なの!」
言わなければ良かった、と後悔したのが遅すぎました。
彼らは殊更満足そうに大声で笑い、私の股間を覗き込みました。

彼らの1人が私のアソコを広げ、指を入れてきてのがすぐに判りました。
「いっ、痛いっ!」
「本当に処女なんだな…」
「可哀相だな…俺達のチンポが処女のマンコに突っ込まれるんだ」
「チンポを突っ込む前に、処女のマンコを味あわせてくれよ」
どのくらいの時間か判りませんが、彼らは競い合うように私のアソコを舐め、彼らの舌が私の股間から離れてほっと一息ついている暇も与えられずにそそり立った巨根がねじ込まれました。

「痛いっっ――――――!!!!!!!!!!!!!!」
耳の奥で確かに処女膜が破かれ粘膜が裂ける音が聞こえて、私はあらん限りの声で叫びました。
彼らは大歓声を上げて苦痛に悶える私に拍手を送り、そして私のアソコにチンポをねじ込んでいた彼は恍惚とした表情を浮かべながら腰を動かし始めました。

「処女のマンコは最高だな…っ!肉がチンポに絡みついてきやがる…っっ!!」
彼は私が悶えるほどにペニスを大きく硬くさせ、たったの一秒の休みも無く腰を振り続け、そして…膣の中で果てると満足しきった顔でペニスを抜きました。
強姦魔に避妊なんていう感覚があるわけありませんでした。

「見ろよ、マンコからイチゴミルクを垂らしているぜ!」
「ミルクをもっと足してやるよ…っっ!!!!!」
1人が終わると次、の連続で、朝まで休みなく犯された後で目隠しをされて写真を何枚も撮られ、口止め料代わりなのか20ドル札で何千ドルも床の上にばら撒き、モーテルを立ち去りました。

立ち上がると散々蹂躙された膣から血と交じり合った精液がどろっと零れ落ちて、私はシャワーで必死に洗いました。
けれど…私は妊娠しました。日本のように中絶に寛容ではないアメリカで見つけた中絶医はもぐりのやぶ医者で…日本に帰ってから私は2度と妊娠できないと宣告されました。

当然生理も無くなり、私は男性と女性のちょうど中間のような存在に成り果てました。
唯一の救いは、卵巣が卵子を作るのを止めても女性ホルモンの生産を止める事は無かったので、例え中性に近い状態でも女らしさを保てる、という事だけでした。

あれから、5年。私はあの後も必死で勉強して無事大学を卒業し、今はアメリカに本社がある、運送会社の配達人マネージャーの仕事をしています。
あれから一度だって男性と寝た事はありません。セックスへの恐怖よりも…私が誰なのかを悟られるのが怖かったのです。

あれから私は…オナニーをするのが毎日の日課になっていました。
あの時の苦痛が、何故か、快感にすりかえられていて…。もう普通のセックスでは満足できない体になってしまったのだ、と実感するのにそう時間はかかりませんでした。

「アメリカですか?」
ある日いつものように仕事に行くと、本社から出向している私の直属の上司-黒人―が転属の話を切り出しました。

「うん、桔梗。カリフォルニア支局で配達人マネージャーが足りなくなってね。俺がアメリカに戻る時に、誰かいい人を連れてきてくれないかって話がきたんだよ。君なら勤務態度は真面目で評価も高いし、カリフォルニアの大学を出ているから、土地勘も多少はあるだろうからいいと思うんだけど。勿論急な話だから昇給も約束するよ」

そんな話の流れで、2週間後にはロサンゼルスに居を構えている私がいました。
会社側が住居もビザも全て整えてくれたので、私がやる事といえば日本でのアパートを引き払うぐらいの事でした。

アメリカに来て一番初めにやった事といえば、荷物を解く事ではなく…あの、私の全く違う一面を開発した、寂(さび)れたモーテルを見に行く事でした。あのモーテルにはもう誰もいなく、立ち入り禁止の看板が立てられ『立ち入り禁止』の黄色いビニールテープで敷地全体が覆われたままになっていて…

街の図書館で昔の新聞記事を調べてみると、私が犯された直後にオーナー含むギャングが女を連れ込んでは輪姦していた事が発覚して、彼ら全員は発覚直前に整形手術で人相を変えて逃亡、アジトだったモーテルには大量の犯された直後の女達の写真が残されていた、と書かれていました。

あのモーテルにはもう誰も泊まらない、泊まれないと判るとほっとした反面、どこかで残念がっている自分がいたのもまた事実でした。
「ごめんなさい、許して、やめて!」
そう叫びながら、アソコにコンドームをかぶせたムースの缶を激しく出し入れしている自分がベッドの上にいました。

会社が用意してくれたのは会社所有の不動産で、本来ならば家族持ちの社員に貸す一軒家でした。
急な転属で空いている物件がここしかなかったから、という事で私が割り当てられたそうです。

お陰で私は人目を気にする事も無く、毎晩、時には朝、ベッドルームでオナニーをしていました。
輪姦だった初体験は私に、マゾの烙印を残していきました…。けれど、自分はマゾだと認識しても相手を探すような気にもなれなくて…。

アメリカでの仕事にも慣れた約一ヵ月後、自宅に戻るとポストに差出人も切手も無い、つまり直接ポストに入れられた封筒が入っていました。
分厚く重くて、形から察するに写真の束だろう、と漠然と考え、食事を取って入浴を済ませてからなんとなくその封筒を開けました。

中から出てきたのは…輪姦された後に映された、紛れも無い私の写真でした。
途端に私は目の前が真っ暗になり、ふらふらと立ち上がると封筒から一枚の紙片がはみ出ているのに気付きました。

紙片には『○/△ 午前4時 モーテル○○○・・・誰にも言うな』と英語で書き殴られていました。でも…この字はどこかで見覚えが…。

地図で調べてみてもモーテル○○○というのは載っていなくて、念のためインターネットで調べてみると、2年前に廃業した、郊外のモーテルだった事が判りました。

○月△日午前4時15分前、そのモーテル着きました。
受付ブース前に立つと台の上に二つ折りにされた紙が小石で押さえて置かれており、中を見ると『建物の裏側に地下ワインセラーの入り口がある この紙は回収しろ』と書かれている紙が張られていて、私はその指示に従って紙を回収して建物の裏側に向かいました。

結構な段数の階段を下りて元ワインセラーだった地下室のドアノブを握るとあっけないほど簡単に回り、中は真っ暗でした。私は恐る恐る中に脚を踏み入れ、言いました。
「誰もいないの?」
広い(恐らく)空っぽの地下室の中では私の声はひどく響いて余計に不気味さを醸し出していて…。

唐突に背後でドアが閉められ、そして床の上に押し倒されて地下室の電気が点けられました。
旧ワインセラーだった地下室の細長い、天井に接している窓という窓は全て内側からシャッターが下ろされていて…そして私の周りに8人の黒人男性と…その中に見慣れた顔が一つありました。私をアメリカに行かせるように仕向けた上司でした。

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