記憶に残る父との禁断の行為の始まりは、小学校1,2年生からでした。スーパーやデパートなど出先では、父のトイレに必ず同伴させられました。個室に入り性器を出す父…私は跪き、それを口に頬張るのです。当時はなんという行為かなんて知らず、フェラチオをさせらたのです。父が射精し、口いっぱいに生臭く気色悪い味を残したまま母や妹、弟たちと合流するのが、いつも惨めで罪深い事だと感じていました。決して知られてはいけないと。幼い頃、私にとって雨の降る日は朝から悪夢を見ているようでした。父は建築関係の仕事で雨の日は休みで、私の帰りを待っています。誰もいなくて静まり返った家の中で、私は父の怒りを買わないように従順な玩具 になります。母がパートの仕事を終え、妹達を保育園から連れて帰るまでの約4時間…私は父にされる全てを受け入れ、耐えていました。出先で行なわれるあの嫌な行為…それに加え、私は服を着る事を許されず、血走った目をした父の臭い息の口で舐め回され、いじりまわされるのです。私が小学5年の夏休み、両親は離婚しました。母親はなかば逃げるように、私以外の兄弟を連れて出ていきました。それまで、母の目の届かない所で行なわれていた、父の私への行為をなにも遮るものが無くなったのです。少しずつ女性に成長し始めた私を、父は待ち望んでいたように犯しました。普通ならまだ異性を意識することもない11才の夏。私の幼い膣には父親の男性器が押し込まれていたのです。毎日、罪悪感と苦痛で涙を流していた夏休み…。しかし、夏休みの終わりには痛みを感じない程慣らさせられていたのです。